コロナ感染者が市内の野球チームの小学生より出たそうです。よって、夏季大会のスケジュールは一時的に中断になりました。東京は緊急事態宣言が解除されたにも関わら残念なことです。これからオリンピック開催開催も近いというのにどうなることやら。多分、こんな生活がこれからも続いていくのでしょう。Withコロナの中での日常を見つけて行かないといけませんね。我慢や自粛の繰り返しだけの生活ではなにも生まれて来ませんでした。Withコロナのスタイルで明日を見つけましょう。

コロナ感染者が市内の野球チームの小学生より出たそうです。よって、夏季大会のスケジュールは一時的に中断になりました。東京は緊急事態宣言が解除されたにも関わら残念なことです。これからオリンピック開催開催も近いというのにどうなることやら。多分、こんな生活がこれからも続いていくのでしょう。Withコロナの中での日常を見つけて行かないといけませんね。我慢や自粛の繰り返しだけの生活ではなにも生まれて来ませんでした。Withコロナのスタイルで明日を見つけましょう。

結婚式での司会を頼んで来た友人のO君は、大学卒業後に色々な職に就き、最後は地元に戻り小学校の先生なり、その数年後に結婚をすることになりました。お相手は小学校の先生。いわゆる職場結婚です。 式のひと月ほど前の頃でしょうか、彼の結婚式の司会を任された私のところに、彼の担当するクラスの生徒さんのお母さんから連絡が入りました。 なんでも先生の結婚式に子供達からお祝の手紙を送りたいとの事です。(当時はまだビデオレターの様なものがなかったので、アナログな手紙だったんですねー)そしてそれを司会者から紹介してほしいという話です。 式場に相談したところ、司会者の私に連絡して相談してくださいとの事だったみたいです。 「そうですか、いいじゃないですか・・・彼も喜ぶと思いますよ・・・」と承諾して後日、お会いして打ち合わせる事になりました。 打ち合わせは彼の地元の結婚式場で、式のディレクタ―さんも交えて行いました。 お母さん方のお話しでは「本来ならば、子供達も式場まで出向いてお祝いしたいと言ってたんですが、人数も多いので、御祝いの手紙にしました」 「そうなんですねー、わかりました。ではスピーチの後にこの手紙を私の方から披露させていただきます。」 「ありがとうございます」 「でも、お母さん。子供達全員で来ちゃえばいいんじゃないですか・・・地元で近いようですし・・」 「えー、いいんですかねー」 するとディレクターさんが、「大きめの控室を用意しますよ」 「この手紙の朗読の後に突然、子供達が披露宴会場になだれ込んできて、皆でお祝いを言う・・・そんなサプライズにしませんか」 「一度、子供に相談してみます・・・たぶん喜ぶと思います・・・」 行き当たりばったりでそんな話になってしまい、後日お母さんから電話があり、「子供達が大ノリノリです」との事。 当日は、披露宴の一時間前に控室に集合して打ち合わせリハをする事で話がまとまりました。 そしてその当日・・・ 続く・・・
今年は三島由紀夫の生誕100年だそうです。 本屋の店先では大きなスペースをとり大々的なイベントを開催しています。 私は三島の特別なファンでもないので、このような場面に出くわしても『今更、三島でもないでしょう・・・』と思ってしまいます。(ファンの方、ごめんなさい) 三島由紀夫先生の作品には、その昔に苦い思い出があります・・・ 私がまだ若い頃、勤めていた劇団での事。 入社試験のための試験問題を演出部で作る仕事があり、私は実技試験の朗読の題材を捜していました。 そこで三島由紀夫の「憂国」を選び朗読部分の切り取りをして提出したところ、当時の劇団の会長に激怒されました。 「入社試験に相応しくない、なぜこんなものを選んだのか、もっと他にあるだろう・・・」 今思えば少し政治思想の色が強かっのでしょう・・・と思われます。 その後、「金閣寺」や「葵上」など三島作品に触れる機会は何度かありましたが、その度に当時の事が思い出されます。 今日も、本屋の店先で「三島由紀夫」という活字を目にした時に、あの時の会長の激怒の顔が脳裏に浮かんできました。 そして、並んだ沢山の本の向こうに、世間知らずの若者だった頃の自分を思いだしていました。
最近、私共の少年野球チームの中で子供達の揉め事や確執などの話を耳にします・・私達大人には頭の痛い話です。子供は大人程に環境適応能力や社会の中でのバランス感覚がないもので、トラブルなどに発展してしまうのではないでしょうか。学校での「いじめ」や「不登校」などの話は日常茶飯事です。しかしながら大人のわたしたちの世界でも同じような事は沢山あります、時には大喧嘩になったり、暴力沙汰になり刑事事件になる事もあります。もう少し相手の気持ちを思いやりそれぞれの個性を尊重することが出来ればいいのですが・・・社会では意見の異なる人あるいは言語の違う人、肌の色も違い国民性も違う人と・・・・自分と同じ顔をした人が一人としていない様に同じ考え性格の人はいないと思います。人の顔の数だけが性格があるのだと思います。あいてを思いやる気持ちと相手の心の傷がわかる人間になってもらいたいものです。
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